最高裁判所第二小法廷 昭和59年(オ)73号 判決 1989年10月27日
神戸市東灘区御影塚町三丁目三番二二号
上告人
神戸フロインドリーブ有限会社
右代表者代表取締役
宮本穰
右訴訟代理人弁護士
前田貢
神戸市中央区中山手通一丁目二六番六号
被上告人
有限会社ジヤーマン・ホーム・ベーカリ
右代表者代表取締役
エッチ・フロインド・リーブ
神戸市中央区北野町一丁目五番二五号
被上告人
ハインリッヒ・フロインドリーブ
右両名訴訟代理人弁護士
丸山惠司
菅生浩三
葛原忠知
佐野久美子
川本隆司
藤田整治
中村成人
右当事者間の大阪高等裁判所昭和五七年(ネ)第五二一号商号抹消等請求事件について、同裁判所が昭和五八年一〇月一八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人前田貢の上告理由について
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして肯認するに足り、その過程に所論の違法はなく、右事実及び原審の適法に確定したその余の事実関係のもとにおいては、被上告人らの本件各請求を認容した原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥野久之 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一)
(昭和五九年(オ)第七三号 上告人 神戸フロインドリーブ有限会社)
上告代理人前田貢の上告理由
第一点
原判決には判決に影響を及ぼすべき明らかな法令解釈の誤りがある。
一、 原判決は、その理由中第三項において、被上告人らが上告人に対して「フロインドリーブ」の商号の使用を許諾したのは黙示の意思表示によるものであり、しかも上告人が被上告会社の子会社でなくなることを解除条件とする黙示の附款が付せられていたものであると認定し、更に、右の附款が取締役と会社間の取引きに該当し会社の利益に反するものであっても、黙示によるものであるから有限会社法三〇条の適用はないと判断した。
原判決は、被上告人らの商号許諾は何ら明示の契約によるものではなく、上告会社設立の目的から推測される黙示のものであるというが、上告会社の商号決定に当つては被上告人ハインリツヒ、フロインドリーブ(以下被上告人H/Fと略称する)の発議によって「フロインドリーブ」の名称が提案され、これに、上告会社の発起人であり、設立後の取締役に予定されていた瀬野則章と中村良平が同意して決定されたものであって(被上告人H/Fの本人調書、中村良平の証人調書)、原判決認定のような黙示の許諾によるものではない。
いうまでもなく、黙示の意思表示とは、明示の意思表示にたいする語であって、明瞭な言語や文字によらず、四囲の事情をを解釈してはじめて了解される意思表示をいうのであるが、上告会社の商号決定に当って明示の意思表示がなされたことは証拠上明白であり、本件の場合、黙示の意思表示であったというのは右の言葉の解釈を誤ったものというべきである。
二、 原判決は、被上告人H/Fの商号許諾には上告会社が被上告会社の子会社でなくなることを解除条件とする黙示の附款があったと判断する。
被上告人H/Fがその氏名の一部を上告会社の商号の一部に使用するについては、相当の個人的理由があったものであることは理解できるが、仮に同人が個人的理由でその使用を認め、万一その理由がなくなったときは使用を許さないという意思であったとしても、その意思が商号使用を許された者に受け入れられていなければ、黙示の解除条件付許諾であったとすることができないのは勿論であるところ、原判決は、上告会社設立の目的が被上告会社のパン製造部門を担当し専ら被上告会社にこれを納入することを目的としたものであること、および被上告人H/Fが自己の姓を使用させる個人的理由があったことを掲げて、前述のような黙示の解除条件が付されていたと判断する。
しかし、会社の設立は個人間の契約とはその性質が異なるし社会的、経済的に独立した人格としてその実在が肯定されるが個体を有しない法人において、その人格を化体すると考えられる商号の使用、継続が、極めて不明確な「黙示の附款」にかかっていると解することは妥当でない。
しかも原判決は、本件許諾並びに附款はいずれも黙示によるものであるから、取締役と会社間の取引に当って要求される社員総会の承認は要しないと判断する。
本件商号の使用許諾契約の当事者は、被上告人H/Fと、当時同人が代表取締役に就任することが確定していた上告会社であるが、右の契約が無条件の使用許諾を内容とするものであれば、これによって会社は何らの負担も課せられるわけではないから両者の間に利益相反は存在せず、自己取引の場合に要求される社員総会の承諾を得る必要はないが、原判決認定のように「上告会社が被上告会社の子会社でなくなることを解除条件とする」使用許諾契約であれば、前述のように人間の氏名以上に、法人格を化体する点で重要性が極めて大きい商号の使用について、会社は取締役に対して一種の負担を課せられることになるわけであるから、このような附款については当然会社の社員総会においてその承認を得る必要があるというべきであるが、そのような承認はなされていない。
原判決は、本件許諾並びに附款はいずれも黙示によるものであるから社員総会の承認は不要と判断したが、仮に黙示の附款であるとしても、それが自己取引に該当するものである限り社員総会の承認を要することは明白であって、原判決には有限会社法三〇条の解釈を誤った違法があり、これが原判決に影響を及ほすこと明らかである。
第二点
原判決には、法律行為の解釈について経験則に違背した違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。
一、 昭和五四年六月四日、上告人と被上告人らとの問に裁判上の和解が成立したが、これについて原判決は、右の和解は商号、商標の使用について触れなかつただけのことであって、本件判断の妨げとなるものではないと述べる。
昭和五三年七月、上告会社の中心であった取締役瀬野則章の死亡に伴い、任期満了取締役の選任と、同人死亡後に生じた上告会社役員、幹部と被上告人H/Fとの間の溝の修復および経営の立直しを図るための社員総会開催の必要性が強く求められ、昭和五三年一一月二一日上告会社の社員総会が開催された。
この社員総会において、すでに全員任期満了となっていた取締役の選任が行われたが、自ら総会を招集しておきながらこれに出席しなかったせ被上告人H/Fは、取締役に再選されなかった。
そして、その後の取締役会において従来の経営方針に反省が加えられ、企業の健全化が図られることになって、とりあえず製品の最大の納入先である被上告会社に対して納入価格の引上げを主とする取引条件改定の申し入れを行った。
被上告会社はこの申し入れを全く無視して何らの返事もしないのみならず、従来通りの条件で専属的に納入することを求めて仮処分申請をした。これに関連して双方から新たな仮処分申請が行われることとなったが、昭和五四年六月四日仮処分事件について裁判上の和解が成立した。
右の和解条項の第三項では「債務者は、昭和五五年五月末まで、その製造するパンを債権者に専属的に納入するものとし、債権者及び利害関係人は債務者のパン製造に協力する」として昭和五五年六月一日以降は被上告会社との間の専属関係を解消することに合意が成立した。
原判決は、右の和解当時、上告会社は社会的には独立した存在とはいい難いものであったと述べるが、その設立目的、その後の営業形態から由来して(特に被上告会社の代表取締役である被上告人H/Fが上告会社の代表取締役を兼務していた関係で)、被上告会社に依存する点が多かったことは事実であるが経理、営業等すべての点で独立企業として経営が行われていたことを否定することはできず、被上告会社も上告会社から安くパンの供給を受けるだけでなく、例えば、見習職人をすべて上告会社へ出向させて技術を習得させるなど、両者は相互に依存する関係にあったのである。
そして前記和解は、被上告会社との専属関係を解消し相互依存関係を解消する旨の合意である。従って原判決認定のように商号使用許諾が子会社でなくなることを解除条件としたものであるとすれば、この和解において当然右の商号継続について何らかの取り決めが行われていなければならない。
ところで、右の和解においては商号の使用継続の否応については何らの申出もなく、従って和解条項でも全く触れることがない。上告会社は昭和四四年の会社設立以来「神戸フロインドリーブ有限会社」と称して一貫してパン製造に従事し、「フロインドリーブのパン」の製造者として社会的に認められて来た企業である。仮に、被上告会社との専属契約関係が解消したときには右の商号の使用が許されないとすれば、何故、右の和解においてこのことに触れなかったのかを理解することができない。
結局、右の和解において被上告人らが商号使用について全く問題としなかったのは、専属関係解消後も上告人が商号使用を継続するのはやむをえないこととして承認していたと解するほかはないのであって、仮に使用許諾に黙示の附款があったとしても、右の和解において改めて使用を認めたとみるべきであり、ただ単に、「本件商号、商標の使用について触れなかった丈のことである」という原判決の判断は、法律行為の解釈について経験則に反する違法があるといわなければならない。
第三点
原判決には、判決に影響を及ほすことの明らかな法令適用の誤りがある。
一、 原判決は、被上告人H/Fについて商法二〇条の規定を適用し、まて被上告会社については商法二一条の規定を適用して同人らの請求を認容した。
被上告人H/Fが「フロイシドリーブ」の商号を登録した商号権者であることに争いはないが、同人は営業を行っていないから商法二〇条による請求権を有しないというべきであるし、また、被上告会社については「フロインドリーブ」の商号の所有者ではないから、商法二一条による請求権は有しないというべきである。
更に原判決は、上告人に不正競争又は不正の目的があったと判断するが、上告人に右のような意図のなかったことは後述のとおりであるところ、仮に万一、右のような意図があったとしても、原判決が右の法条を適用して被上告人らの請求を認容したのは法令の適用を誤ったものである。
二、 上告人は、昭和四四年の会社設立時から現在まで「神戸フロインドリーブ有限会社」の商号を続用し、一貫してパン製造を行って来たことは前述のとおりで、被上告人らとの紛争は、昭和五三年七月に上告会社の取締役であり人望の厚かった瀬野則章が死亡し、その処理をめぐる被上告人H/Fの言動に対して上告会社の役員および一都従業員から極めて強い不満が噴出して同人との対立状態が生じたが、それまでは、被上告人H/Fの経営態度についての批判はあったものの、それが顕在化する状態は全くなかった。
昭和五三年一一月二一日の社員総会の開催についても被上告人H/Fは自ら総会を招集しておきながら自分の都合だけを理由に出席せず、結局取締役に選任されることがなく自ら上告会社の経営を放棄した。
しかし、代表取締役に就任はしなかったが、同人が上告会社の出資持分四五〇〇口を有する有力社員の一人であることに変りはなく、同人が上告会社の代表取締役であつた当時と現在とでは、被上告会社との間の専属関係が和解によって解消されたこと以外に何も変化はない。
原判決は、上告会社が商号を続用するのは著名な商号の只乗り行為であると判断するが、上告会社は昭和四四年以来引続いて現在までパンを製造しており、これを被上告会社へ専属的に納入していたころは、このパンを「フロインドリープのパン」として被上告会社が店頭販売していたものであって、現在も品質において当時と何ら異なるものではない。また原判決は、昭和五五年六月一日以降は上告会社設立時に持ち込んだパン製造機械、設備等一切を引き揚げ、派遣した職人も二名を除いて引き上げていて、上告会社が販売しているパンはフロインドリープの伝統あるパンとはほとんど無縁のものとなっていると判断するが、上告会社のパン製造機械や設備はすべて上告会社の負担で設置したものであって、被上告人らが持込んだものではなく、従って昭和五五年六月以降これを被上告人らが持ち出した事実もないし、また被上告会社が派遣した職人は、のちに上告会社の取締役に就任した宮本穣、岸本善晃の二人のほかは、すべて地方のパン製造業者がその子弟をパン技術修得のために被上告会社へ入社させていた見習職人ばかりであって、製パン技術者は前記二名のみであり、この二名によって、原判決が述べる美味なフロインドリーブのパンが作られていたのである。そして現在、上告会社が製造するパンは右の二名を中心にした職人達によって作られているのであり、「伝統あるパンとはほとんど無縁の物となった。」というのは、何らの証拠にも基づかない判断である。
このように上告会社は、被上告人H/Fが代表取締役であった当時と全く異ならない設備と技術をもってパン製造を継続しており、しかも昭和五四年六月四日の和解によって被上告会社との専属関係を解消する合意をし、昭和五五年六月以降に自由に相手を選択して商売することを被上告人らも承認しているのであって、上告人が永年使用して来た自己の商号をそのまま使用し、右の合意に基づいて従来の営業を継続することが不正競争ないし不正の目的による商号の只乗り行為であり、商法二〇条、同二一条に違反するとする原判決は明らかに法令の適用を誤ったものというべきである。
以上の理由によって原判決は破葉を免れない。
以上